福岡R不動産が企画から携わった、テナントビル建設プロジェクト。
撮影:大野博之
福岡市中央区大名。福岡では、若者のファッションや遊びの中心地と言っても過言ではない象徴的なエリアだ。昨年ここに誕生したのは、小さなコンクリートの箱(キューブ)が積み上げられた一際目を引く建物。福岡R不動産も企画に携わったこの建物には、実は外観の面白さだけでない、街やお店への想いが隠れている。
2007年頃だろうか。東京から福岡にも押し寄せたファンドバブルの波は、大名という街に見事にたくさんの新築幽霊ビルを生み出した。つまり、多くの新築テナントビルが建てられ、入居する人・企業がいない、という状況だ。過剰かつ誤って評価された不動産開発がもたらした地価の上昇と巨大な空き箱の増加で、福岡で最も活気があったこのエリアに、人が少なくなってしまった時期がある。
元々、大名という街は、その名の通り元城下町の入り組んだ細い路地に魅力的な個人商店が建ち並ぶ場所。福岡、いや九州の中心・天神に隣接する非常によい立地で、古い町家やアパートを改装した店舗が多かった。アパレルでも美容室でも飲食でも、いつかは独立して大名で店を持つ、というのが若者の共通の目標。そんな志しある若者や、ファッションに敏感な人たちが集まる場所だった。
大名の街並み。入り組んだ路地に小さなショップが建ち並んでいる。
ファンド物件と呼ばれる多くの大型プロジェクトは、そんな事情もお構いなしに、作った分だけ借り手はいる、とばかりに誰が借りるんだろう? と思うような大きな物件を大きな区割りで建てていった。そして、実際には借り手はいなかった。
そんな状況で、大名の小さな土地にテナントビルを建てるプロジェクトが始まった。
まず考えたのは、
「大名にあるのは個人店であるべきで、それが街を活気づけるはず」
「若者が独立するのに借りやすく、各々の個性を出せる建物とは?」
というターゲットの絞り込みとコンセプトの基礎だった。
カッコいい建物は、資金があれば誰でも作れるが、「街にとって存在意義のある建物」であるかは別の話だ。
撮影:大野博之
個人がお店を出すときに、払える賃料はいくらか?
実は、ここがこのプロジェクトのキーになった。店を出したい、それも福岡の中心地・大名で出したい、かつ、無理のない範囲で。となると、賃料のMAXは15万円だ。
これはぼくたち自身の経験や、他の出店経験者と話をしていく中で得られた共通認識で、数字の根拠は大してない。強いて言えば、15万くらいなら、自分の給料をゼロにすれば、なんとか払える。と言った感覚値。でも、それは20万円では心理的ハードルが高いし(もちろん20万円以上で勝負してる人もたくさんいるが・・)、10万以下となるとエリアを考え直した方が良いという話になるので、15万という数字は、それなりに的確なのだ。(あくまで福岡の、独立したい個人の話です)
坪単価とグロス(賃料の額面)から、各店舗の面積を割り出す。
少々業界用語になってしまうが、不動産には、坪単価という概念がある。坪1万円や坪2万円など、一坪当たりの賃料のことを指す。その坪単価というのは、立地によってほぼ相場というのが決まっている。大名のこの敷地の場合、ざっくり1階は坪3.5万円、2階は坪2.5万円、3階・4階は坪2万円。店舗物件の場合、このように路面に近い下層階ほど、賃料は高くなる。
そこで、最初に決めた賃料15万円(ほぼ全区画この賃料)という数字を、各階の坪単価で割り、1階は4坪、2階は6坪、3階・4階は7.5坪と目安となる大きさを割り出したのだ。(坪単価に反比例して、上層階ほど面積が大きくなる)
小さくても個性を主張できるCUBE。
各区画の面積と賃料は決まった。あとは、箱は小さくても、ただブツ切りにされた長屋式テナントではなく、1つ1つの区画が店の個性やコンセプトを主張できるように、ガラスのCUBEを積み重ねた設計を採用した。上層階ほど大きな箱になるインパクトある外観で、箱のずれでできたスペースは、テラスに。
結果的に、建物完成時にはすべての区画のテナントが決まっていた。プロジェクトとしては成功である。カフェ、ネイル、バー、アパレル、雑貨など様々なジャンルのお店が個性を主張している。
入居者にお話を伺う
1Fのカフェ、BAKER'S GARDEN CAFEのオーナー坂井さんに話を伺いました。
BAKER'S GARDEN CAFE。3坪の店内に機能が詰め込まれている。
―出店の経緯を教えてください。
飲食店で働いていたときに、「近くに安くて美味しいコーヒーが飲めるところがあればいいのに」と感じていたので、大名にそんな場所を作ろうと思いました。「一人でこじんまりとできるところ」というテーマで物件を探していました。
3坪くらいの中にオーブンやシンクなど必要なものを入れないといけなかったので実際のレイアウトは結構大変でしたが、できるだけ小さいサイズのものを使ったりして、結果上手く収めることができました。
―オープンしてみていかがですか?
近くの飲食店やアパレルで働いている方が来てくれています。このあたりは12時頃に空くお店が多いので、その頃から人が来始めて、3時から5時の間の休憩に来て、夜も来て、と一日に何回も来てくれる方も。ソワニエという雑誌に「福岡の小箱100選」として紹介されたのですが、取材のときにちょうど近くのデザイナーさんが8人くらい来ていて、座れないからみんな立って飲んでいたら、「立ち飲み」として紹介されたので。それから急いで立ち飲みっぽいメニューを作ったりして明け方まで開けるようになりました(笑)
建物の中での連携もできていて、例えば2階のワインバーには食べ物を置いていないので、うちや表のたこやきやさんからテイクアウトしてもらったりしていますよ。
1つ1つの箱は小さいけど、個性あります。
ネイルサロンToy Nailのオーナー岡本さんにお話を伺いました。
―どんな物件を探していたのでしょう?
物件を探していた当初、2,3席のネイルサロンにちょうどいい大きさの物件が少なく、賃料も高かったです。ちょうどいい広さのところがあっても2階以上とか、マンションの1室とかで分かりづらかったり。ARK CUBEの話を聞いて見に来たら、ガラス貼りで印象的なデザインで、何より既に入居しているテナントさんがよかったのでここに入りたいなと。そのときは空きがなかったのですが、しばらくしたらこの区画が募集を始めたのですぐに決めました。
―入居してみていかがですか?
オープンしたばかりなので、お客様はまだこれから増えていくと思いますが、周りのお店には結構人が来ているし、このあたりに賑わいが寄って来ていることを感じています。毎日お店を閉める前に、1時間くらい隣のカフェでお茶することが日課になっていますね。向かいのお店にも人がたくさん来るしご近所の皆さんとはもうすっかり仲良しです。
取材中に、いつの間にか人か集まってきた。
2FのiMama Cafe。
建物内のテナント同士でコラボレーションしたり、通い合ったり、というのは企画側としても意識していなかった発見。小さな箱で、人と人のつながりで運営されているからこそ、こんなつながりが生まれるのかもしれない。
この「場所」にあるべき建物の姿を想像して、街への意志を表したカタチであるARK CUBE。既に店舗の入れ替わりが始まっている区画もあるが、それも健全な新陳代謝。ここから羽ばたいていく人がいるのも、ここでじっくり年月を重ねる人がいるのも、うれしい存在だ。
プロジェクトデータ
竣工:2011年3月
企画:株式会社DMX
設計:マツダグミ
事業主:株式会社井浦商会