column
2025.3.4
街を楽しくする 場所の自由 楽しく働く

なんだか、今、唐津が気になる。

行友萌恵(福岡R不動産/株式会社DMX)
 

日頃は物件にフォーカスをあて取材をしている私たち。けれど今回は、もっと大きな視野で「街そのもの」に目を向けてみることにした。選んだのは、今、私が一番気になっている場所——唐津。

不動産という職業柄、「次にくる場所」の話をよく耳にする。

かつては軽井沢、葉山、瀬戸内、そして福岡なら糸島がそのポジションだった。どの街も、おしゃれなカフェやセレクトショップができ、整備され、便利になり、人が集まる。けれど、その一方で、どこも似たような街並みになりつつある気がする。「ここじゃなきゃダメ」という決定的な理由が、少しずつ曖昧になっているのかもしれない。

そんな中で、私の周りの感度の高い人たちが、こぞって唐津の話をするようになった。「今の唐津、すごくいいよ」と。無印良品が初の木造建築の店舗をオープンするなど、確かに話題の要素はある。

けれど、彼らが感じている「いい」は、そうしたトレンドの話ではなさそうだ。

そこにあるのは、もっと本質的な「場の魅力」。唐津の地に根付いた、人、文化、自然とのつながり。それを知るために、唐津に暮らす人々を訪ねた。

鏡山から見た唐津の街並み

福岡からのアクセス

福岡からのアクセスの良さも唐津の魅力のひとつだ。

・車:福岡天神から唐津まで約1時間。

・鉄道:地下鉄・JR筑肥線快速で約1時間10分。

・高速バス:福岡天神バスターミナルから唐津中心部まで約1時間。

東京でいえば、鎌倉から品川に通うような感覚に近い。福岡で仕事をしながら、唐津で暮らすのは十分に可能。

車の運転が苦手な私には、バスや電車の選択肢があるのが嬉しい。バスの車窓からは糸島の海が広がり、ちょっとした旅気分に。のんびりした時間を楽しみながら、気づけば唐津に到着。

東京→福岡、そして唐津へ。移住先に選んだワケ

東京から福岡・今宿を経て、唐津へ拠点を移した川島光太郎さん。実は、福岡R不動産のお客さまで、福岡移住の際に物件探しをお手伝いさせていただいた方でもある。今回は、彼に唐津の魅力を案内していただいた。

「最初は、福岡からドライブにちょうどいい距離だったんです。でも、ある時『毎朝SUPをしているグループがいる』と聞いて行ってみたら、そこにいる人たちがとにかく面白くて」

SUPの仲間と出会い、彼らに教えてもらった寿司屋へ行くと、またそこで個性的な人たちに出会う。そうやって、人の輪が広がるうちに、気がつけば、「ここに住むのもいいかもしれない」と思うようになったという。

「福岡はリトルトーキョーみたいな感覚だけど、唐津には独特の空気がある。エリア的にも個性的だし、訪れる人が面白い。自然と、感性の合う人が集まってくるんですよね。」

急激に変化する街ではないからこそ、根付いた文化と人のつながりがある。寿司屋のカウンターや海の上での何気ない会話から、新たな出会いやプロジェクトが生まれる。その密度の濃さが、都市では得られない魅力なのかもしれない。

唐津の海を、日常にする

唐津の海は、美しく、静かで、贅沢な環境だ。それなのに、海水浴場には海の家がなく、ビーチはまだ十分に活かされているとは言いがたい。

「関東では人工的に砂浜をつくる場所もあるけれど、維持には莫大な費用がかかる。唐津には、もともと素晴らしい海があるのに、それを活かしきれていないのはもったいない」そう話すのは、SUP(スタンドアップパドルボード)を通じて、海と人との関係を見つめ直す藤川雄大さん。

海と街がシームレスにつながる場所

藤川さんは、日本各地を巡るなかで、唐津の海に出会った。

「最初は糸島も候補でした。水も綺麗だし、雰囲気もいい。ただ、水辺から少し離れた場所にしか街がなく、店が点在しているだけのように感じました。でも、唐津は違ったんです」

実際、福岡や神奈川など都市部の海沿いは、大きな国道で街と海が分断されていることが多い。しかし、唐津にはその「境界」がない。

この写真からもわかるように、海と街、そして城がひと続きになっている。

「海と街がシームレスにつながり、歩いてそのまま砂浜に出られる。これほど海と暮らしが自然に交わる環境は、なかなか見つかりません。」

SUPから文化をつくる

藤川さんは、かつてラフティングの日本代表として世界を舞台に戦っていた。競技生活を終え、新たなフィールドを求めて各地を巡る中で、「ここにはちょうどよい海があるのに、海と触れ合う人が少ない」と感じた。「ここで新たな文化をつくりたい」。そう考え、彼は唐津に拠点を置くことを決めた。

最初の冬、藤川さんはひとりでSUPを漕ぎ続けた。

「1週間、2週間、ずっと一人。でも、毎日海に出ていると、海辺を歩く人たちが挨拶してくれるようになり、『何をしているの?』と話しかけられるようになったんです」

そこから5年間、少しずつ興味を持つ人が増え、今では朝SUPをする人だけで年間3700人以上。日中の体験者を含めると5000人を超える。

気温1℃の早朝にもかかわらず、次々と集まる仲間たち。中には、出勤前にひと漕ぎする人も。

「僕が目指しているのは、SUPを広めることではなく、海とともに暮らす文化をつくること。まずは行動すること。行動が習慣になり、習慣がムーブメントになり、それが続けば文化になる。そうやって、唐津の海を“特別な場所”ではなく、日常の一部にしていきたいんです」

唐津の海には島が点在する。そのひとつ、鳥島の鳥居を目指して漕いでいく。お参りし、日の出を見てからUターンするのが朝SUPの定番コース。

SUPがつなぐ人と人

取材中、「どこで知り合ったんですか?」と尋ねると、度々名前が挙がるのが藤川さんのSUPだ。

「SUPを通じて知り合いました」「藤川くんのところで一緒に漕いでいて」

彼の活動をきっかけに、海を介したコミュニケーションの輪が、確実に広がっている。SUPは、単なるスポーツではない。それを続けることで、海との関わり方が変わり、人と人がつながっていく。観光アクティビティではなく、暮らしの一部としての海。藤川さんがつくろうとしているのは、そんな風景なのかもしれない。

土から向き合う、唐津焼の作家たち

450年以上の歴史を持つ唐津焼。この地には、今も伝統的な技法を守る作家たちがいる。

「登窯を福岡で建てるのは煙の問題で難しくて。独立するなら唐津だと思いました。」 そう話すのは、唐津焼の作家・三藤るいさん。

彼女は、均一に仕上がるガス窯と、炎の流れで焼き色が変わる登窯を使い分けながら、作品を生み出している。

「登窯は炎の流れで表情が変わる。同じ土でも置く場所で色や風合いが違う。その不均一さこそが、唐津焼の魅力なんです。」

これが登窯。燃料には薪を使う。

唐津焼には「土から作る」文化がある。

「粘土を買うのが当たり前の時代に、今も山から土を掘り、素材から器を作る作家が多い。それって手間もコストもかかるけど、“ここでしか作れないもの”が生まれるんです。」

同じく唐津焼の作家・村山健太郎さんもまた、この文化を守る一人。土を掘り、釉薬を調合し、手間のかかるものづくりを続けている。

「粘土も釉薬も買えば楽だけど、それでは唐津焼の意味がなくなる。便利になるほど、どこも同じようなものを作るようになってしまう。でも唐津には、それを守り続ける文化がある。」

焼きを待つ器たち

消費されない文化としての唐津。

「唐津って、マニアックな町のほうがいいと思うんです。」 健太郎さんはそう話す。

「福岡を東京のような都市にしようとする動きもあるけれど、福岡には福岡の魅力があり、唐津もまた違った良さがある。どこにでもある観光地のようになるのではなく、唐津ならではの個性を大切にした方がいいですよね。」

唐津が特別なのは、「消費されにくい場所」であること。

「わざわざ来ないとたどり着けない場所。それが逆に文化の密度を保つ理由になっている。便利な場所は均一化しがちだけど、唐津は経済的に消費されていない部分が多く残っている。そういう場所のほうが、本当に価値があるものが生まれ続けると思うんです。」

料理と似ている、唐津焼の世界。

「唐津には、そういう生き方を選ぶ人が集まってくる」

作家だけでなく、料理人やデザイナー、編集者、建築家 。便利さではなく、ここでしかできないものづくりを求める人たちだ。

料理人は、食材の個性を生かしながら料理をする。唐津焼の作家も、手に入る土と対話しながら器を作る。

「だから唐津の器は、料理と似ているんです」

地層が浅い唐津では、一生分の土を確保することはできない。「この土がなくなったら、この焼きは終わり」。そんな儚さの中で生まれる、一期一会の作品。だからこそ、料理人たちは唐津の器に惹かれ、作家たちのもとを訪れるのだ。

唐津焼の力強くも温かみのある器に、旬の食材を生かした料理がそっと添えられる。器が料理を引き立て、料理が器の表情を際立たせる。

唐津には、本質を追求する人が集まる。焼き物も、料理も、暮らしも。手間を惜しまず、素材と向き合い、ここにしかないものを生み出す。それが、唐津という町の空気なのかもしれない。

場を持つことで生まれるつながり

長年東京を拠点にしていたプロダクトデザイナーの寺内ユミさんが、唐津に戻ったのは3年前のこと。彼女はギャラリー「TOKIWAGI」を開いたことで、思いがけず新しいつながりが生まれた。

ギャラリー「TOKIWAGI(トキワギ)」

「事務所として使おうと思っていたけれど、ギャラリーという形で開いたことで、幼なじみが訪れたり、遠方からの来訪者が増えたり、人のつながりが自然に広がっていった。」

この場所にあるものは、ほぼここにしかないもの。だからこそ、わざわざ訪れる価値がある。そして、唐津からの発信が東京の企画展や海外にもつながっていく。

唐津に来てからの人間関係は、東京とは違い、より深いものを感じるという。「東京だと知り合いは多いけど、唐津では人とのつながりがより深く感じられる。タッチポイントが少ない分、出会う人との関係が濃密になっていく。その密度の高さが魅力。」

また、東京と唐津の違いは「情報の流れ方」にもあるという。情報が溢れる都会とは異なり、ここでは口コミが主な情報源。だからこそ、本当に興味のある人が集まる。情報が広がりすぎないことが、逆に本質的な出会いを生み、町の空気感を守るのかもしれない。

広がり始めた、唐津のつながり

もともと個性的な人が点在していた唐津。そこに、外から来た人が加わり、それぞれの活動をつなぎ、発信することで、じわじわと魅力が広がり始めた。作家や料理人、デザイナーや編集者など、異なる分野の人々が交わることで、新しいコラボレーションが生まれている。

また、東京や福岡に拠点を持ちながら、唐津で制作する人も増えてきた。完全に移住するのではなく、都市と行き来しながらこの土地の空気を取り入れる。そうした動きが、唐津の文化をより深く、豊かにしていくのかもしれない。

消費されるのではなく、深く根を張る文化として、唐津には、そういう未来が待っている気がする。

「今の唐津、すごくいいよ。」

この言葉の意味を知る人が、これからもっと増えていくのだろう。

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