



古家をつなぐということ ~ベラミ山荘を訪ねて~
昭和の一時代を築いたキャバレーの寮がシェアオフィスに変身!時代に取り残された建物を、現代に合わせて再生させたオーナーの想いとは?物件と人との出会いを通して考える、古家のオーナーになること、そして歴史をつなぐこと。現在進行形のリアルを取材しました。

ようこそベラミ山荘へ。
北九州市若松区のシンボル的存在、高塔山。市街地からさほど離れていない場所にあり、展望台や野外音楽堂を備えていることから、近隣市民に親しまれている存在です。そんな山の中腹にある「ベラミ山荘」が今回の主役。今ではシェアオフィスとして人々の交流の拠点となっていますが、かつては全く違う様相でした。
ことの始まりは約70年前、昭和30年代にさかのぼります。

シェアオフィスやイベントスペースとしてにぎわう、現在のベラミ山荘。
そもそもキャバレーってなんぞや…という方のために、簡単に説明すると、「ダンスフロアのあるレストランやナイトクラブ」のことです。なかでもベラミは、グランドキャバレーと呼ばれる大人の社交場で、きらびやかな衣装を身にまとった踊り子さんたちが連日ショーを行い、当時の人々にとっては、敷居の高い憧れの場所でもありました。

全身全力できらびやかな世界。当サイトでご紹介できるのはこのあたりが限界ですが、ほかにも芸術的な写真が山ほどあります。

オーナーさんが発掘した写真、その数なんと1,400枚。貴重な資料です。
舞台となる北九州市若松区は、正直なところ、長年福岡に住んでいる私でも、あまり訪れた記憶がないエリア。なぜここにグランドキャバレーが…?と不思議でしたが、昭和前半までの若松は、日本でも有数の石炭積出港として栄えており、活気ある繁華街が広がっていたそうです。

当時のキャバレーベラミの建物。
そんななかで、昭和30年代に開業し、多くの経済人や文化人が集う社交場として拡大した「キャバレーベラミ」は、若松の繁栄とともに一時代を築き、昭和41年にはベラミで働く社員のための従業員寮として、現在の「ベラミ山荘」が建築されました。

寮の敷地に大勢のお客さんを招き、宴会を楽しんでいる様子が伺えます。

当時は立派な花壇もあり、従業員寮としてだけでなく、おもてなしの場としても使われていたようです。
しかし、石炭から石油へのエネルギー革命とともに、若松の経済力は急激に失速。ベラミも昭和50年代には経営状態が悪化し、その後廃業。時代の流れとともに廃れ、徐々に忘れ去られていきました。
長い間廃墟となっていた建物ですが、約10年前に今のオーナーさんが購入したことで転機が訪れます。「ベラミ山荘」という新しい名前をもらい、当時の趣を残しながらも、クリエイターさんたちの作業場やイベント会場を中心としたシェアオフィスへと変貌を遂げました。

レンタルオフィス区画。前入居者さんがDIYでリノベーション済み。

現在入居中の「映像秘密結社ほしそらフィルム」さんのお部屋前。
店舗としての利用はNGですが、室内はオーナーさんに相談すれば自由に改装OK。市街地への距離の近さと、自然に囲まれた静けさを持ち合わせている環境も相まって、アトリエや作業場として使いたい方を中心に、個性あふれるメンバーが集ってきました。これまでの入居者さんが少しずつDIYを重ねた室内は、温かみのある空間が広がっています。

寮室や倉庫、車庫まで貸し出しているというから驚き。共用スペースにはゆかりのあるアーティストさんの作品がたくさん。
また、こんな面白い場所を知ってもらおう!古物をゆっくり楽しもう!と始まった蚤の市「こぶのいち」や、入居者さんによる映画祭などのイベントを通して、これまでの10年間を掛けて少しずつ、外部の方も訪れる場所に成長しました。

蚤の市では各地から古物好きが集合。背景の生い茂る木々の迫力もすごい。
キャバレーという形での社交場から、時代に合わせた交流の拠点としてアップデート。第二の人生を歩み始めたベラミ山荘は、今も昔も変わらず、行き交う人々を優しく包み込んでいます。
【現在、一部のレンタルオフィス区画で入居者募集中です!】
アトリエや作業場として興味のある方、詳しくはぜひこちらからどうぞ。
>>「秘境のアトリエ」

ベラミ山荘の近影。穏やかな空気が流れ、喧騒から離れた静かな時間を過ごせます。
ざっとこれまでの歩みを語るだけでも、こんなに面白い唯一無二の存在。しかし、まもなく築60年を迎えようとしている元廃墟の古家、面白いだけではないのが現実です。実は、ベラミ山荘には、一般に募集しているお部屋以外に、多くの未開拓エリアが残されています。
まず、敷地を見下ろすように建つ、シンボル的な存在の塔。
1階は鳥小屋、2階は海も見渡せる囲炉裏付きの空間という、おとぎ話もびっくりな仕様ですが、元オーナーの自作というからさらに驚き。

足元が悪いため、普段は開放されていませんが、この景色は一見の価値あり…!高塔山の木々に、遠くには海も見渡せる。

ギターの練習場、小説を書く場所、現実世界から遠ざかるもよし、異世界を楽しみつつあえて最先端のツールを駆使するもよし。夢が膨らむなあ。
過去には、空間の貸し出しを試みたこともありますが、老朽化と雨漏りの問題で断念。でも、当時に比べてWi-Fiもスマホも普及した今の時代だからこそ、こんな空間を必要としている人もいるんじゃないかと。現代では作りたくても作れないであろう建造物。まだまだ可能性を秘めています。
そして、母屋の1階部分も、ほぼ丸々手つかずの状態。建物の維持に必要な管理はされているものの、放っておくとあらゆる隙間から野生の動物たちが侵入してきてしまうので、試行錯誤で対応する日々だとか。

クラシックな壊れた家具や水屋箪笥、床が抜けている部屋も…。この空間にチャレンジするには、かなりの勇気と根気が必要。ちなみに、右下の写真が本来の玄関。
これらの建物の管理をはじめ、生い茂る木々や花に、池や苔、そこに生息する生き物、さらには自由気ままな野良猫ちゃんまで、約900坪の敷地に広がる大自然との共存にも悩みが尽きません。オーナーさんは、すべてご自身で管理されているため、未開拓エリアまではどうしても手がまわらないのが現状。

大自然の産物。これはまたすごいご立派です。

果てしなく終わらない…まだまだ森は深い。
それでも「やっぱり面白い」と、オーナーさんは語ります。
現在、オーナーさんは7件の物件を所有していて、すべての物件が自主管理。今ではもう古家のエキスパートだと言っても過言ではありませんが、管理はぜーんぶ業者にお任せ!のオーナースタイルも試してみたことがあるとのこと。
「楽だけど、面白くなかった。この手に物件を持っている実感がないんです」

なかでもベラミが一番手の掛かる子、とのこと。でも「手が掛かる子ほどかわいい」
歴史の価値、維持、管理、収益…
考えれば考えるほど、まっさらな土地にしてしまう方がずっと簡単。それでも、過去の歴史を持つ建物には、不思議な包容力がありました。
ベラミの購入を検討している人の中には、更地にするつもりの人もいたそうです。そんななかで、現オーナーさんの手元に引き取られ、建物とともに歩みを続けるベラミ山荘。
ここには、数多くの人生の営みや夢があった。この建物とともに進んでいく以上、過去をなかったことにはできない。建物も、建物の歴史も、すべて背負って進んでいく。苦労もあるけどやめられない。オーナーさんの強い覚悟を感じました。

建物に残されていたキャバレーの歴史は、丁寧に保管、整理され、不定期で公開されています。

未開拓の一室は、入居者さんが撮影に使用中。集うメンバーでアイディアを出しあい、ワイワイと取り組めることがシェアオフィスの醍醐味。
物件に秘めた可能性を信じて、再生しようとする人がいる。その熱意に惹かれて、集まってくる人々がいる。不動産業界に携わる身として、背筋が伸びる思いです。

たくさんの人が訪れ、夢を片手に笑って通り過ぎていく、その姿が愛おしい。 …オーナー談
昨年10周年を迎えたベラミ山荘。
今後の展開にも、目が離せません。
敷地内は一般公開されていませんが、不定期で企画展の開催があります。この地で新しい歴史を紡ぎたい方はもちろんのこと、古家の再生や、オーナー業に興味がある方にも、ぜひ一度足を運んでみてほしいです。

