価格：

6,500万円

面積：

87.12㎡

もはやリノベーション と呼ぶことに、どれほど意味があるのか。あるいは居住空間という言葉がそもそも狭すぎるのかもしれない。そう思わされるほど、美しい気配をまとう一室でした。

中央区梅光園にある大休山を望むマンションの一角。南と東から差し込む光、ただ明るいだけではなく、時間とともにその質が移ろい、濃淡や影の輪郭までをも表現してしまう、そんな空間。

この部屋を手がけたのは建築家の下川徹さん。
黄昏時に街並みがはっきりと姿を現すように、或いは真っ白な光の中にそのシルエットをおぼろげに見せる影絵のように、逆光の中で輪郭が浮かび上がるような印象的な光をつくりたいと考えたそう。

細部のすべてを語りきる自信は、正直に言うと僕にはありません。むしろ、言葉に縛られるより、五感で浸ってほしい。静かに目を落とせば落とすほど、職人の呼吸のような技が次々と見えてきて、心を奪われてしまいます。

ホールから食事室に敷かれた陶板は、一つの登窯から生まれた一点ものばかり。同じ表情は一枚としてなく、中央のわずかな膨らみが南からの光を柔らかく拾い、奥の間までそっと導いていきます。

壁は、なんと土壁の中塗り仕上げ。過度な主張をしない凹凸の陰影と、細やかな粒感。その両方が自然光と共鳴し、他の素材たちとも穏やかに呼吸を合わせています。室内にふっと漂う、自然素材ならではの香りも、美しき余韻です。

さらに南西面を縁取るのは、日本建築の伝統様式である掛込天井。マンションの一室にこの天井様式があるという事実だけでも驚きですが、それにより天井高に芯が生まれ、各居室がひとつの流れとして連なっていきます。


デザインのためのデザインではなく、空間全体が呼応しあうような静かなリズム。

この部屋に立つと、建物そのものが本来持っていた個性と、建築家が織り込んだ思想が、互いを邪魔せず支え合っていることに気づきます。


その関係性はとても優しい。

派手に主張しないのに、確かな強度をもつ空間。
こちらの感情を煽らず、ただ静かに正解を示してくる場所。

説明では追いつかないのに、言葉を失うほど満たされる。そんな、不思議な体験ができる一室です。