連載
糸島移住者インタビュー vol.3 時代を切り開く自給スタイルの発信「いとしまシェアハウス」
text=藤井優子

棚田がつくりだす縞模様が美しい山間の集落。豊かな湧き水が大地を潤し、満天の星が夜空に瞬く、そんな大自然の中に「いとしまシェアハウス」はあります。オーナーは、畠山千春さんと志田浩一さん。彼女たちも、2011年の東日本大震災後に、福岡へ移住してきました。


畠山さんを魅了した近所の棚田。

■継続していける暮らしを、自分の手でつくる

──そもそも、なぜ糸島を移住先として選んだのでしょうか。

畠山:糸島のいいところは、海があって山があって川もあること。自然が豊かで食べ物がすぐ手に入ること。それから、すでに移住者のコミュニティーがあったこと。実は、福岡に来て、移住先として最初に考えていたのは、別の地域だったんです。でも問い合わせてみたら、少子化対策で子どものいる家庭を優先的に受け入れたいという回答が返ってきて。その点、糸島は移住者も多く迎え入れてくれる環境がありました。でも、不動産屋さんに出ている物件は少なくて、すぐには越してこられなかったので、福岡市内に住みながら週末は糸島で物件探しという生活をしばらく続けましたね。


「いとしまシェアハウス」。築70〜80年の古民家を、自分たちの手で改装している。

──糸島で物件を見つけるのは難しいと聞きますが、この物件はどのようにして出会ったんですか。

畠山:今の家を見つけたのは偶然で、ドライブ途中に「空き家」という張り紙が貼っているのを見つけたのがきっかけです。ここは、すぐそばに綺麗な棚田があって、海も近くて……すぐに気に入りました。1年ぐらい糸島に通って、やっと見つかったのでとても嬉しかったですね。ただ、とても古い家だったので、現状引き渡しという条件で。そのかわり敷金・礼金をただにしてくれて、自由に改修していいという許可ももらいました。改修しながら住むということをやってみたかったので、私たちにとっては願ったりかなったりの条件でした。


シェアハウスがある集落は石垣があったり、湧水が流れたりといい雰囲気。

──シェアハウスを始めようと思ったきっかけは?

畠山:私は、実家を出てからずっとシェアハウスに住んでいるんです。福岡に来るまでもいろいろなところを転々としてきましたが、いつも誰かがつくった場所に住んでいたので、いつかは自分でそういう場所を運営する側になってみたいなと思っていました。本格的に始めようと思ったのは、2011年の東日本大震災がきっかけ。その時私は横浜にいたんですが、コンビニからは物が消え、水の買い占めが起こり、それまで当たり前だと思っていた日常が、一変して当たり前じゃなくなるという経験をしました。そのとき、どんなことが起こっても継続していける暮らしを、自分の手でつくっていかなくちゃ、と切実に思ったんです。その後、勤めていた会社の移転で福岡に越してきたのですが、広くてたくさん人が住める今の家も見つかって、2013年の5月からシェアハウスの運営を始めました。