連載
糸島移住者インタビュー vol.2 ものを創る人こそ、糸島へ
text=藤井優子

「移住」というとき、ただ単に引っ越すのではなく、より積極的な意志や目的をもって住まいを移す、というニュアンスが含まれている気がします。最近、よく耳にするクリエイターの糸島移住。彼らの強みは、そのスキルをもって仕事を開拓できることです。
糸島移住者インタビュー第2回は、糸島に移住して1年、「RISE UP KEYA」のオーナーでありアートディレクター・桐原紘太郎さんの話をお届けします。


糸島の海岸でBBQを楽しむ桐原紘太郎さん。

■自分たちで価値をつくる暮らしをしたかった

──震災後に会社を辞め独立、移住を決意し、東京から糸島へ引っ越して来られたということですが。

桐原:もともと都会暮らしが苦手で、仕事の経験を積むために東京を拠点にしていましたが、ゆくゆくは地方へ移ってゆっくりとした暮らし方をしたいと思っていたんです。2011年の震災を契機に、都会から離れることを決意しました。直感を大切にしているので、沖縄、京都、奈良など、候補地はすべて旅行がてら訪れましたが、なかなかピンとくるところがなくて……。そんな中、アメリカに留学していたときにお世話になった人が住んでいて何度か訪れた糸島の存在を思い出したんです。海も山も近いし、食べ物もおいしい。それに、福岡市内や空港にも近い。住む場所としてもそうですが、仕事場としてもかなり魅力的だと思えました。加えて、後押しになったのが、人との出会い。移住候補地として改めて訪れたとき、すでに糸島に移住した人たちをはじめとして、出会いがごく自然に広がっていったんです。いい連鎖が起こると直感しました。


現在桐原さんが住む芥屋(けや)。その海岸は福岡有数のサーフスポットでもある。

──自然の豊かさ、人との縁、食べ物の美味しさ……。さまざまな場所を移住先として検討する中で、「これだ!」と思える条件が、糸島には揃っていたと。ただ、物件探しのために再び単身で出向いていろいろと探してみたものの、いいと思える物件にはなかなか巡り合えなかったそうですね。

桐原:物件探しには苦労しましたね。自分で手を加えたりしながらつくっていく住まいを実現したかったので改修が大丈夫な物件を探していたんですが、なかなか見つからなくて……。
実は糸島に来てから、更にもう一度引っ越しをして、今のところに落ち着いているんですが、初めから理想の物件に出会うことは難しいと思います。今の家も移住後に現地のいろんな人との縁で見つけることができました。田舎ならではというか、都会と違って物件自体が少ないので、気長に探さないと納得いく家を見つけることは難しいみたいですね。


元スーパーを自分でリノベーションした「RISE UP KEYA」。現在の桐原さんの住居であり、人々が集うカフェ。

──糸島に移住して丸1年。2回の引っ越しを経てようやく、腰を据えてやりたいことを実現していく環境が整いました。それが、桐原さんの今の住居兼カフェ、「RISE UP KEYA」ですね。

桐原:この場所に引っ越してきてすぐ、近所のおばあちゃんが野菜を持って挨拶に来てくれました。清掃業のご近所さんは、窓が大きくて大変だろうからって、窓拭きをしてくれたり。ここでは、例えば、サービスとサービスだったり、スキルとスキルだったり、お金ではない価値の交換が自然に行われています。僕自身、かつてのような、与えられた価値を享受するだけの枠にはまった暮らしではなく、自分たちで価値をつくる暮らしをしたかったので、こういった昔でいうところの物々交換的なやりかたも生活に取り入れていきたいと思いました。そういった価値交換をしながら、同時にコミュニケーションもとれればなあと。


「RISE UP KEYA」内部。天井を抜き、気持ちのいい大空間にリメイクした家具が並んでます。