糸島リアル移住日記(3)小さなイベントづくしの日々

text=松尾隆文(DMX/福岡R不動産)

これまでの糸島リアル移住日記
糸島リアル移住日記(1)糸島は25年前からアツかった
糸島リアル移住日記(2)土と緑と海、そして人


さながら民宿か海の家

糸島で暮らし始めて予想外だったのは、福岡市内の友人がひんぱんに訪ねてくれるようになったことです。市内にいるときより顔を合わせる機会は多いほど。友人が友人を連れてくるので、毎回のように見知らぬ顔が交じっています。とくに夏場は、まるで民宿か海の家といった状況でした。

どうもてなしたらよいのか、悩んだのは最初だけ。放っておけば、みんな好きなように遊びます。何しろそこいらじゅう街ではできないことがいっぱい。

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四季を通じて楽しめる糸島の里山と海。家の周りをぶらぶらするだけでも遊べます。


今でこそよく知られる糸島のカキ小屋は、当時はまだありません。近くの漁師さんからトロ箱で買い、みんなでこんなふうに盛り付けていきます。ツクシ採りは農薬を使わない農家の田んぼの土手で。サクランボはご近所からもらった枝を挿し木したもので、何年か経って収穫は初夏の楽しみの一つになりました。

右下の写真は「カメノテ」といってエビやカニと同じ甲殻類。茹でて殻をむいて食べると濃いエビの味で、ビールやワインにぴったり。すぐ近くの海水浴場の岩場に張り付いています。

こんなふうになんでもイベントになってしまう。福岡市内にいたころは考えもしなかった野遊びです。

友人たちは当時、20代から30代。僕と同じように子どもを自然の中で遊ばせたい、という思いは強かったと思います。そして子どもより夢中になって遊んでいたのは大人たちでした。


夜の農村にブルースの旋律

「ここでコンサートをしたら面白かろうね」
友人のこんな一言をきっかけに、わが家でコンサートを開くことになりました。タイトルは住んでいた古い農家にちなんで「ファーマーズ・ライヴ」に決定。言いだしっぺがブルース・デュオだったので、第1回目はブルースライヴ。1990年10月のことでした。

襖をすっかり取り払い、30帖近い広さになった座敷に小さなステージをこしらえました。玄関の土間にススキを飾り、提灯に明かりを灯すと、古い家が息を吹き返したように感じたものです。しっとりと、ときにファンキーなブルースの旋律は、闇に沈む農村によく似合いました。

入場者は地元や福岡市内から約70人。近所には事前に報告しておいたので、公民館の駐車場を公然と使うことができました。「またヘンなことばしよる」と、いささか白い目を感じつつも「テレビが取材に来ます」(これはホントの話)と言うと、「なら、うちの庭も駐車場にしてよかよ」と次々に申し出てくれるのが嬉しくもあり、可笑しくもあり。

もちろん大家さん夫婦は無料でご招待。テレビにもばっちり映してもらいました。ぬかりはありません。

「ファーマーズ・ライヴ」はこの後、毎年続きます。2回目は、新疆ウイグル自治区からの音楽留学生が2弦楽器ドゥタールをかき鳴らしてシルクロードのロマンを情感たっぷりに歌い、3回目は福岡のライヴハウスで活躍するロックバンドが次々に登場しました。

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行き当たりばったりのようで、実は「糸島コンパス」に誘導されているのかも。


この3年間、僕は不思議な力に導かれていたような気がします。コンサートの何日も前から準備に奔走してくれた友人や多彩なミュージシャンたちとの出会いは、すべてこの糸島で生まれました。多くの観客を引き寄せたのも糸島の魅力でした。「糸島の環境に助けられている」と強く感じたものです。


次回は、大家さんをあわてさせた薪ストーブ事件について。お楽しみに。

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このコラムについて

海も川も緑も、そして街も空港も、なんだってすぐそこにある福岡。東京から移住して、気づけばその魅力を満喫すべく、会社を立ち上げたり、倉庫のような物件を改装してオフィスにしたり、果てには芥屋の海沿いに土地を買ってしまったり。徐々に増えていく福岡R不動産のメンバーとともに、この街の魅力を再発見する日々を綴ります。

著者紹介

本田雄一
長谷川繁
坂田賢治
松尾隆文

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